東京高等裁判所 平成元年(行ケ)229号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証(当初の明細書)、甲第六号証(昭和六三年一〇月七日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。
本願発明は、カラー印字が可能な感熱プリンターなどに好適に使用し得るカラー熱転写用リボン及びカラー画像形成方法に関するものである(当初明細書第二頁第一五行ないし第一八行、手続補正書第二頁第一四行、第一五行)。
従来、感熱プリンターや感熱フアクシミリなどのカラープリンター方法としては、インパクトプリンター方式あるいはインクジエツトプリンター方式などがあり、近時はカラーテレビやカラー写真伝送などの原理を応用したカラープリンタ方式が提案されている。このようなカラープリント方式における感熱プリンターを採用するに当たつては原像をイエロー、マゼンタ、シアン、に色分解した信号により感熱プリンターを作動させ、各色に対応した色の感熱転写性インキをコピーシートに熱転写させて、原像を前記コピーシート上に多色再現させる方式が考えられるが、このような三原色の混色においては、コピーシート上に先に熱転写されているインキの上にさらに異色のインキを熱転写させなければならず、このようなことが感熱プリンターによつて実現出来るか否かが問題であつた。
本願発明は、右知見に基づき、感熱プリンターを用いて、熱転写により減法混色が良好に行なえるカラー熱転写用リボン及びカラー画像形成方法を提供することを目的とし、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したものである(当初明細書第三頁第八行ないし第四頁第九行、手続補正書第二頁第一五行ないし第三頁第二〇行、同書の特許請求の範囲第一頁第二行ないし第二頁第二〇行)。
本願発明は前記構成を採用したことにより、各色のインキの受容紙上への熱転写のみならず、すでに熱転写されている各色のインキ上に重ねて異色のインキを熱転写することも良好に行なわれ、原像を受容紙上に多色にて再現し得るという作用効果を奏するものである(手続補正書第六頁第一行ないし第六行)。
2 第一引用例ないし第三引用例には、審決が認定する技術的事項のうち、第一引用例には「画像を受容紙に順次形成し」とある点を除いた、その余の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
3 一致点の認定について
原告は、第一引用例記載のものにおける、イエロー、マゼンタ、シアン、ブラツクのインキをプリントヘツドの相対移動方向と直交する方向にストライプ状に配列した転写媒体を用いたものの態様においても、単一処理で多色画像を形成し、しかも転写された各色のインキスポツトは受容紙上で並置されているのであり、本願第一発明における各色の分解画像を同一受容紙の同一画面上に順次形成して受容紙上で合成するものとは異なる、と主張するので検討する。
成立に争いのない甲第七号証によれば、第一引用例には、「横方向にストライプを有するウエブ(116)に置換したキヤリヤウエブ(14)を有するプリント装置(10)の動作を説明すると、駆動手段(30)及び(32)を調整してキヤリヤウエブがプリントヘツド(16)又は(116)を横切つて記録媒体(12)の速度より少なくとも四倍の速度で移動するようにする。電源及び制御ロジツク回路(34)は選択した加熱素子(44)(又は(144))をウエブの運動と同期して付勢して、着色材料のスポツトをストライプ(136)から記録媒体に移動させる(第一三欄第一二行ないし第一四欄第一行)。」「本発明によるストライプ状のキヤリヤウエブを使用すると(中略)異なる色のスポツトが記録媒体の同じ位置に定着できるので高品質の色再生が得られる(第一四欄第七行ないし第一三行)。」と記載されていることが認められる。
右記載及び第一引用例のFig2ないしFig5(別紙図面二参照)によれば、受容紙とキヤリヤウエブ(転写媒体)との間では速度比が少なくとも一対四であるから、受容紙がプリントヘツドに対して一つのストライプ幅の距離を移動する間にキヤリヤウエブはその四倍のイエロー、マゼンタ、シアン、ブラツクの四色のストライプ幅分を移動し、かつ受容紙とキヤリヤウエブの間では移動距離の差だけのずれをおこしている。そして、ストライプの幅と加熱素子(144)のキヤリヤウエブの幅方向の大きさは対応しているとみられるから、四色のインキは四分の一づつずれて順次受容紙に転写されることになる。したがつて、四色のうち適宜選択された二色以上の色が受容紙に転写されてもインキは相互に重なり合う部分を生じ、その分解画像の合成による多色画像を受容紙に順次転写形成していくものであることが認められる。
したがつて、本願第一発明と第一引用例記載のものは、ともに各色の分解画像を同一受容紙に順次形成して、多色画像を受容紙上に形成するのに用いるカラー熱転写用リボンである点で一致するとした審決の認定に誤りはない。
原告は、第一引用例記載のものは、走行ウエブ(12)とキヤリヤウエブ(114)がプリントヘツド(116)と背面ローラ(20)との間に挟持されて両者間に隙間のない状態で移動するため、キヤリヤウエブ(114)が走行ウエブ(12)より四倍大きい速度で移動する場合、加熱素子(144)により加熱軟化され走行ウエブ(12)上に移転した各インキに幅方向に押圧力が作用する結果、インキはキヤリヤウエブ(114)上の幅の四分の一の幅に圧縮された状態で横並びに置かれるとして、その様子を別紙説明図に図示しながら説明している。
しかしながら、前掲甲第七号証によれば、第一引用例には、「キヤリヤウエブ(14)は、(中略)それが背面ローラ(20)の下側を通過すると、記録媒体とキヤリヤウエブは接触し、その全幅にわたりプリントヘツドと背面ローラ間に押当てられる(中略)プリントヘツド(16)もまたこの枠上に取付け、ウエブ(12)、(14)に加える圧力を調整し、またキヤリヤウエブに対する位置合わせを行なう(第六欄第一一行ないし第二二行)。」と記載されていることが認められる。
右記載及びキヤリヤウエブ(14)は走行ウエブ(12)の少なくとも四倍の速度で移動している状態にあることからすると、走行ウエブとキヤリヤウエブとは背面ローラの下側を通過するとき、背面ローラとプリントヘツド間に押し当てられ隙間のない状態下にはあるが、それはウエブ(12)(14)に加えられる圧力が調整されている下での挟持であり、順次インキが供給される場合、未転写のインキ層が記録媒体に転写されているインキ層の上に押し込まれるだけの隙間もなく挟持されているとはいえない。しかるに、原告の右主張はこの隙間もないことを前提にして縷々述べるものである。
また、原告の示す別紙説明図からすると、転写されたYインキ層は、後のMインキ層に押圧され続けているのに、その前のBインキ層との間に空間が生じて、さらにMインキの転写段階ではその空間が広がつている。この空間部分をどのように解すればよいのか定かではないが、これがキヤリヤウエブ側のインキ部分が走行ウエブ側へ転写した後の部分を示すものであるとすると、押圧された走行ウエブ側のYインキ層は押圧方向にあるこの空白部分に流れ込んでしかるべきであるのに、そうならないで、しかもインキの体積が転写前の四分の一に圧縮される理由が理解できない。
さらには、原告主張のように、転写後のインキ層が四分の一に押圧された形で横並びに置かれることになるとすると、それは加熱素子の下で転写されたインキ層とは異なつた圧縮変形を受けた状態のものとなるから、ロジツク回路により伝達された情報とは異なるものとなつてしまい、プリンタの役をなさないこととなる。
以上のとおり、原告の主張には首肯し難い点があり、採用し得ない。
4 相違点三ないし五に対する判断について
原告は、第二引用例、第三引用例には、単色の感熱転写性インキにより単色の印像を得ることが記載されているのみであり、該記載から本願第一発明の受容紙上にすでに熱転写されているインキ上にさらに異色のインキを重ねて熱転写する場合の転写性を考慮してのインキの融点、粘度及び針入度についての構成を得ることは容易でない、と主張する。
前掲甲第二号証及び成立に争いのない甲第四号証(昭和五六年三月三〇日付け手続補正書)よれば、本願明細書には、感熱転写性インキについて、「該インキ層総量一〇〇部(重量部、以下同様)に対して着色剤、バインダー剤および柔軟剤をそれぞれ一~二〇部、二〇~八〇部および三~二五部の割合で配合されてなる組成物(当初明細書第八頁第一五行ないし第一八行)。」「バインダー剤としては、針入度が一〇~三〇(二五℃)の固体ロウを用いるが、えられるインキ層の感熱性を向上せしめるうえで好ましく(同第九頁第五行ないし第七行、昭和五六年三月三〇日付け手続補正書第二頁第一八行)」「かくしてえられる感熱転写性インキ層(9)、(10)、(11)、(12)はその溶融転写性を向上せしめるうえで、融点が五〇~一〇〇℃で粘度が二〇~一〇〇〇cP(九〇℃)であるのが好ましく、また該インキ層(9)、(10)、(11)、(12))は柔らかいと汚れやすくなるために硬い目のものが好ましく、具体的には針入度(JIS K 2530)が〇・一~五〇の範囲内で好適に使用しうる(当初明細書第一〇頁第一九行ないし第一一頁第五行)」と記載されていることが認められる。
一方、第二引用例及び第三引用例には、審決認定の技術的事項が記載されていることは当事者間に争いがない。
さらに、成立に争いのない甲第八号証によれば、第二引用例には、「転写特性を支配するインキの主要素は、融点、溶融粘度、剥離強度であることがわかつた(第三七頁左欄第九行ないし第一一行)。」「記録ヘツドの過大な負荷を避け、記録速度を向上させるには、熱転写感度のできるだけ高いインキを使用する必要がある。そのため、要求される耐熱保存性を考慮して融点の下限値を決め、次に使用環境温度やヘツドの押し付け圧を考慮して粘度の下限値を決める。この二つの下限値によるL字形粘度曲線(中略)に近いバインダ材を選択することにより、感度の高いインキが得られる。次に柔軟材で修飾し(第三七頁第二二行ないし第三一行)」と記載されており、また、成立に争いのない甲第九号証によれば、第三引用例には、「バインダー剤としては、針入度が一〇~三〇(二五℃)の固体ロウを用いるが、えられるインキ層の感圧性を向上せしめるうえで好ましく(第三頁左上欄第一行ないし第三行)」と記載されていることが認められる。
前記記載事実からすると、本願第一発明における熱転写性インキの選択条件は、元来インキに要求される条件の観点から検討されたにすぎないものであつて、殊更、二色以上のインキを重ねて転写する場合の転写性を考慮して選択されたものと認めることはできない。
してみると、本願第一発明のインキ層の融点、粘度及び針入度は、熱転写性インキとして通常用いられているものの中から、当業者が適宜選択し得た程度のことであると認められる。
したがつて、相違点三ないし五についての審決の判断に誤りはない。
5 以上のとおりであつて、本願第一発明と第一引用例記載のものとの一致点、相違点三ないし五についての審決の認定、判断はいずれも正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 入力された画像信号により作動しインキリボンの感熱転写性インキ層を選択的に受容紙に転写して画像を形成する感熱プリンターを、多色原像をイエロー、シアン、マゼンタに色分解したそれぞれの画像信号により作動して、各分解画像信号に対応して、イエロー感熱転写性インキ層による分解画像と、シアン感熱転写性インキ層による分解画像と、マゼンタ感熱転写性インキ層による分解画像とを同一受容紙の同一画面上に順次形成して、各色分解画像の合成によつて、少なくとも前記三種の色の二種以上の選択的な減法混色による色彩により前記多色原像に対応する多色画像を受容紙上に形成するのに用いるカラー熱転写用リボンであつて、基材上に前記各色の感熱転写性インキ層が層状に設けられ、当該インキ層が融点五〇~一〇〇℃、粘度二〇~一〇〇〇cP(九〇℃)および針入度〇・一~五〇に調整されてなるカラー熱転写用リボン(以下「本願第一発明」という。)
2 入力された画像信号により作動しインキリボンの感熱転写性インキ層を選択的に受容紙に転写して画像を形成する感熱プリンターを、多色原像をイエロー、シアン、マゼンタに色分解したそれぞれの画像信号により作動して、各分解画像信号に対応して、イエロー感熱転写性インキ層による分解画像と、シアン感熱転写性インキ層による分解画像と、マゼンタ感熱転写性インキ層による分解画像とを同一受容紙の同一画面上に順次形成して、各色分解画像の合成によつて、少なくとも前記三種の色の二種以上の選択的な減法混色による色彩により前記多色原像に対応する多色画像を受容紙上に形成するに当たり、融点が五〇~一〇〇℃、粘度が二〇~一〇〇〇cP(九〇℃)および針入度が〇・一~五〇の範囲内に調整されている感熱転写性インキ層を前記何れの色分解画像形成に際しても使用することを特徴とする感熱転写式カラー画像形成方法(以下「本願第二発明」という。)